2021年 晩秋企画展・河田真智子写真展「医療への信頼」
Photo : © Kawada Machiko / 医療への信頼 /小児科・粟屋豊先生44歳 夏帆4歳(1991年)
2021年晩秋の企画展は 東京在住の写真家河田真智子さんの写真展「医療への信頼」を開催致します。
私が河田さんにはじめてお会いしたのが2004年、東京のニコンサロンで開催されていた写真展「生きる喜び」の会場でした。ニコンサロンで開催されている写真展を見せてもらいながら単純な「親子の絆」などという言葉では簡単に表現できない塊のようなこと、強さや弱さや人という存在のこと、親と子のことを写真から受け取っていました。タイトルもストレートな写真展だったのでストレートに受け取った。(ニコンサロン写真展開催情報)以降本を送ってもらったり手紙をいただいたりするやりとりが続いています。
gallery0369をはじめたときから「河田さんの写真展を開催したいなあ」と思っていた。時を経て2020年コロナ禍でgalleryも開けたり閉めたり開催中止になることもあった。2021年は神経を使いながらではあるが写真展開催をできるだけ進めようと個人オーナーとして結論をだした。そんな事を決めている最中に河田さんのことを思いだした。2004年からは随分と月日が経過しているがこのコロナ禍だから開催したいと思い立ち連絡をした。返信まで少しだけ待ったが開催決定となった。コロナ禍での開催ですので河田親子の写真展会場に直接これるかどうかは定かではありませんが、できる限りこちらに足を運んでもらえるようにしようと考えています。
展示情報 タイトル:河田真智子写真展「医療への信頼」
開催期日:2021年11月19日(金)〜11月28日(日)
休廊日:11月24日(水)、25日(木)
開催時間:13時〜18時
開催場所:〒514-2113 三重県津市美里町三郷369番地
電話:059-279-3703
メール:info@gallery0369@jp
入場:無料
駐車場: Théâtre de Bellevilleの駐車場をご利用ください。
作者在廊:会期中全日在廊予定
展示作品:カラープリント作品
会期中関連イベント:
イベント開催予定。内容が決まり次第のwebページ及びSNSなどで開催情報をお知らせ致します。
河田真智子さんからgallery0369への手紙 2021.6.18(原文のまま掲載)
写真展を開催させていただきます河田真智子です。最重度の障害をもって生まれた娘が16歳の時「もう、長くは生きられないかもしれない」という危機感の中で、娘がこの世に存在したことを何かの形で残してあげたいと思い、ニコンサロンに応募して写真展をしました。応募用紙には「主婦」と書いた通り、写真展は全くの素人です。その後、娘が医療によって生き続けた写真展をやりたいという思いはずっとありました。しかし、娘の入院、事故、手術と続き、写真展への夢は実現せず「本なら中断期間があっても作れる」と自費出版の写真集『生きる喜び』を作りました。コロナ禍にあって、娘が感染した場合はおそらく生きられないだろうと思われます。感染予防のため写真展会場に伺うことはできないかもしれないので、薄い図録本を作ることにしました。「写真展に寄せて」の文章はとても個人的ですが、今、仕事に迷う方、これから写真展をやりたいと思う方の参考にしていただけるのではないかと思います。そして、多くの方に写真展に挑戦していただきたいと思います。三重にgaiiery0369という場があることは、とても素敵なことです。
<写真展「医療への信頼」に寄せて>
重い障害を持って生まれた娘の写真を撮ってきたが、そこに仕事意識はなく、母親としてのメモリーのような写真だった。本来の私のライフワークは「島」である。
大きな仕事を抱えていた。8年前より下調べを始め、3年前より取材を重ねてきた。が、2020年夏の心臓定期検査で「突然死をする波」が出た。25年も見てきた患者に突然死の波形が出るのは、主治医の予想に反していた。途中の段階を飛び越えて最終武器である超小型除細動器を胸に埋め込む手術を勧めらえた。
大きな仕事の取材相手から「無理をしないでください」と言われた。重い障害を持った子を出産した後「大変でしょうから、お大事に」と言われてたくさんの仕事が引いて行ったことを思い出した。
33年間も病気の子を育てながら仕事をしてきたのである。自分が病気になったくらいでやりかけの仕事を投げ出すことはない。しかし、大きな仕事は私には力不足であった。やり終わることができなければ無責任なのでチームから降りた。それが死に向かってゆくということだ。
自分自身の仕事をしよう。「あなたには、やるべきことがある」と、姉のような先輩に言われる。それは何なのか、
そんな時に、三重在住の写真家・松原豊さんからメッセージがきた。
「僕のところのギャラリーで写真展をやりませんか? 展示は20点くらい、コロナ禍ですから河田さんが来られなくても郵送してもらえれば展示しますよ」という、軽いタッチのお誘いだった。
これは、まるで大失恋をしたあとのように落ち込んでいる私にとって、渡りに舟だった。その舟に乗ることにした。
写真展は決して簡単な仕事ではない。
2004年娘が16歳の時、長くは生きられない予感がして審査に応募し、ニコンサロンで娘の16年間の記録写真展「生きる喜び」を開催した。その写真展を見に来てくれた松原さんが、「ボク、今度三重に帰っておもしろいこと考えてるんですよ。河田さん見に来てください」と言った。
松原さんの写真家としての活躍を目にするたびに三重に行ってみたいと思ったが島に関わることと夏帆を育てる中に余裕がなかった。写真展をするために17年ぶりの再会が果たせるだろうか。
写真展をするために撮ってきた写真を整理する時間は、自分の過去を振り返る静かな時間にもなる。
娘が16歳の時の写真展は、子どもから大人の体に替わる時期で、「長くは生きられないかもしれない。生きた証のために写真展をしてあげたい」と思ったことから始まった。
写真展は見る人と空間を共有する芸術だと思った。見ている人の心の動きが空気を振動させて撮影した者に伝わってくるような感動を知った。本の著者と読者とつながるような間接的なものではなく、私の写真を見ている人の背中を見ていると、その人と夏帆と私が同じものを共有できるような一体感があった。
2007年、母が亡くなった数日後に、写真展のお誘いがあった。
「母が亡くなりまして・・・24時間以内にイエスとご返事しますので明日まで待ってください」とこたえた。
写真展会場で自分の娘の写真に囲まれた空間の中で、母もそこにいるように思えた。
私は、写真に助けらえて生きてきた。
夏帆がいなくなる日が来る。もしかしたら、私の方が先にいなくなるのかもしれない。娘の死の淵に何度も遭遇してきたので、自分が死ぬということはそれほど怖くはない。しかし、夏帆の隣に眠りながら気がついた。この子の前から母親が消えるということは恐怖だ。母親の死は早晩、娘の死に通じる。
そんな時も、写真が支えてくれるだろうか。 <了>
河田真智子(かわだ まちこ)プロフィール
島旅作家・写真家
1953年東京生まれ 本名 榊原真智子
成蹊大学文学部卒 マリン企画で雑誌編集を経て、1980年独立。1978年より島の愛好会「ぐるーぷ・あいらんだあ」を30年間主宰。1999年より奄美群島振興開発審議会委員、鹿児島県100人委員などを務める。本名榊原真智子として、1991年より障害児を育てながら仕事もしていきたいお母さんのネットワーク「マザー・アンド・マザー」を1999年まで主宰。現在、胃ろう、気管切開した娘を在宅で育てながら島に通う。
主な著書
『島を歩く』ゆう出版局
『島が好き 海が好き』新潮社
『島からの手紙』クロスロード
『島旅の楽しみ方』山海堂
『南の島へ』三笠文庫
『「島旅」の楽しみ方』三笠文庫
『お母さんは、ここにいるよ』毎日新聞社
河田真智子写真集『生きる喜び』自費出版
河田真智子写真集『ひとりひとりが宝もの』自費出版
主な写真展
2004年「生きる喜び・脳障害児の16年」(新宿・大阪ニコンサロン)
2004年「生きる喜び ありがとうの16年」(目黒区民ギャラリー)
2005年「バリ島 光のなかで」(ギャラリー・アートグラフ)
2007年「お母さんは、ここにいるよ」(座間ハーモニーホールギャラリー)
2010年「ひとりひとりが宝もの」(沖永良部島中央図書館)
Photo : © Kawada Machiko / 医療への信頼 /夏帆
「いっしょに併走する」ということをいつも私に考えさせてくれる河田真智子さんの写真。そんな人としての「生」、そして「死」を意識した写真記録を三重里山の写真ギャラリーに見つめにきてもらいたいと思います。映える写真、いいね写真、気軽に楽しい写真もいいけれど、静かに感じ考える為の写真に触れることができることもまた写真の力であることを私は信じたい。この人でないとこの存在は生まれなかったんだ、そんな写真のひとつに会いに来ていただきたい。
2021年5月末日
gallery0369 企画担当 松原豊(写真家)